
光浦靖子さんの『ようやくカナダに行きまして。』を読みました。
タイトルのとおり、光浦さんがカナダで暮らしながら、語学学校に通ったり、旅をしたり、現地の人たちと交流したりした日々が描かれています。
読んでいて、まず思ったのは、
「50代で語学留学できるって、うらやましいな」
ということでした。
もちろん、十分な収入や生活の余裕があるからこそできることではあります。
誰でも簡単にできることではありません。
それでも、うらやましいものは、うらやましい。
そして、読んでいるうちに、自分がうらやましいと思っているのは、カナダで暮らすことそのものだけではないような気がしてきました。
誰も自分を知らない場所で暮らす
日本では、これまで生きてきた中で築いてきた人間関係があります。
仕事では役職や立場がありますし、家族や友人との関係もあります。
「あの人はこういう人」という、自分についてのイメージも、知らないうちにできています。
それは安心できることでもありますが、ときには少し窮屈でもあります。
その点、海外に行けば、自分のことを知っている人はほとんどいません。
光浦さんは日本では芸能人ですが、カナダでは一人の留学生として生活しています。
もちろん、光浦さん自身が持っている経験や知識までゼロになるわけではありません。
それでも、これまでの肩書きや人間関係から少し離れて、知らない土地で新しい生活を始める。
それって、なんだかいいなと思いました。
「自分のことを誰も知らない場所で、フラットに暮らしてみる」
そんな経験を、一度くらいしてみてもいいのかもしれません。
もちろん、実際にやってみたら、楽しいことばかりではないでしょう。
言葉が通じない。
生活習慣が違う。
困ったときに頼れる人がいない。
日本なら簡単にできることが、海外ではできない。
旅行なら「いい思い出」で済むことも、そこで暮らすとなれば話は別です。
それでも、そういう環境に身を置くことで、今までとは違う自分が見えてくるのかもしれません。
困ったときは「芸能人」を使う
本の中で印象に残ったのが、光浦さんが異国の地で困り果てたときに、芸能人であることを活かす決断をしたという話です。
日本では、芸能人であることを前面に出して生活することはしていなかった。
でも、海外で本当に困ったときには、
「使えるものは使おう」
と考える。
これも面白いなと思いました。
これまで積み重ねてきたものを、必要なときにはちゃんと使う。
新しい場所でゼロから始めるとはいっても、本当に全部をゼロにする必要はないんですよね。
これまでの人生で身につけてきた経験や、人とのつながり、仕事で培った能力。
そういうものを持ったまま、新しい環境に飛び込めばいい。
50代になると、若い頃のように「何もないところから始める」というのは難しいかもしれません。
でも、逆に言えば、これまで生きてきた分だけ、使えるものも増えています。
困ったときには、それを使えばいい。
そんなことも感じました。
言葉が通じなくても、伝わることがある
もう一つ印象に残ったのが、コロンビアでのエピソードです。
相手はスペイン語。
光浦さんは英語。
普通に考えれば、なかなか会話が成立しそうにありません。
ところが、お互いに話を続けていると、ちゃんと話が通じたというのです。
これはすごいなと思いました。
もちろん、身振り手振りや、その場の状況など、いろいろな要素があったのでしょう。
でも、読んでいて思ったのは、
「真剣に相手の話を聞こうとすれば、言葉が完全には通じなくても、なんとなく理解できることがあるんだな」
ということでした。
言葉を正確に理解することは大切です。
でも、人と人とのコミュニケーションは、それだけではないのかもしれません。
「この人は何を伝えようとしているんだろう」
と相手のことを理解しようとする。
そして、
「なんとか伝えたい」
と思って、自分も伝えようとする。
そうすれば、言葉の壁を越えて伝わるものもある。
これは海外に行く予定のない自分にも、ちょっとした気づきでした。
50代だからこそ、知らない場所へ
『ようやくカナダに行きまして。』を読んで、カナダに行きたくなったというより、
「自分のことを誰も知らない場所で暮らしてみたいな」
と思いました。
もちろん、今から仕事を辞めて海外留学、というわけにはいきません。
それに、実際にカナダで暮らしてみたら、「やっぱり日本がいい」と思う可能性も十分あります。
でも、50代になった今だからこそ、今までとは違う場所に身を置いてみることには意味があるような気がします。
若い頃は、これから何者になるのか分からない状態で、新しい環境に飛び込んでいきます。
一方、50代になると、ある程度「自分はこういう人間だ」というものができています。
だからこそ、それをいったん横に置いてみる。
誰も自分を知らない場所で、一人の人間として過ごしてみる。
そんな「リセット」のような時間があってもいいのかもしれません。
海外留学までしなくても、今まで行ったことのない場所に一人で行ってみる。
知らない店に入ってみる。
普段なら話さない人と話してみる。
そういう小さな「知らない場所」を、日常の中に作ってみることならできそうです。
『ようやくカナダに行きまして。』は、光浦さんのカナダ生活を楽しむ本であると同時に、
「人生は50代からでも、まだまだ知らない場所へ行ける」
と思わせてくれる本でした。
そして何より、
「誰も自分を知らない場所で、フラットに暮らしてみるのも悪くないな」
そんなことを考えさせられた一冊でした。
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