ゆったり行進曲

こころ豊かにゆったりのんびり生きていきたいオヤジのブログです

善意なのに、なぜか後味が悪かった通勤電車の出来事

 

朝の通勤電車で、ちょっと考えさせられる出来事がありました。

先日の記事で書いた出来事です。


easy-going.hatenablog.jp


よくある「席を譲る」話なのですが、
なぜか気持ちよく終わらなかった。

今日はそんな小さな出来事について書いてみます。

 

「誰か席を譲っていただけませんか」

その日、電車で座って本を読みながら、少しウトウトしていました。

すると突然、

「誰か席を譲っていただけませんか」

という大きな声。

目を上げると、杖をついた高齢の女性が立っていました。

正直、その瞬間、まだ頭が起きていなくて

「誰か譲ってくれないかな」

と少し思ってしまった自分がいました。

今思えば、ここが最初の引っかかりだったのかもしれません。

 

自分が立とうとした、その瞬間

なかなか動く人がいない。

「仕方ない、自分が譲ろう」

そう思ったその瞬間、近くにいた男性が立ち上がりました。

女性もお礼を言い、
ここで終われば、いい話だったと思います。

でも、そうはなりませんでした。

 

その後に起きた、少し気まずいやり取り

席を譲った男性が、

「朝から大きな声は控えた方がいいのでは」

という趣旨のことを伝えました。

すると女性は

「私はいつもこの声の大きさです」

と返します。

さらに

「優先席の方に行った方が…」

「席を譲るのに優先席かどうかは関係ない」

と応酬が続き、
車内に少し張りつめた空気が流れました。

どちらの言い分も、わからなくはない。

でも、せっかくの善意の場面が、
なぜこんなも後味が悪くなってしまうんだろう。

そんなモヤモヤが残りました。

 

自分にも残ったモヤモヤ

考えてみると、モヤモヤの理由は二つありました。

ひとつは、
自分がすぐ動かなかったことへの小さな後悔。

もうひとつは、
善意が気持ちよく終わらなかった違和感。

いいことって、
きれいに終わるとは限らないんですね。

 

「迷ったら先に動く」

今回のことで、ひとつ決めたことがあります。

迷ったら、自分が先に動く。

正しいとか立派とかではなく、
その方が後で自分の中にモヤモヤが残らない気がする。

毎回うまくできるとは限りません。

でも、迷ったときくらいは、
シンプルにそうしたい。

そう思いました。

 

日常の小さな出来事が、教えてくれること

通勤電車のほんの小さな出来事でしたが、
少し自分を見直すきっかけになりました。

年齢を重ねると、
こういう「答えのない小さな問い」に出会うことが増える気がします。

そんなことを思った朝でした。

easy-going.hatenablog.jp

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